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「社会人である前にオタク」の友だちは、
やりがいより
"生きがい"を選んだ

高校1年生のときに、SNSを通じてみかちゃんという同い年の友だちができた。私たちは同じバンドのファンだった。みかちゃんは千葉に、私は東京に住んでいたから頻繁に会うことができず、代わりに文通をするようになった。そのころの私の楽しみといえば、不定期で更新されるバンドメンバーのブログと、みかちゃんからの手紙を読むことだった。

みかちゃんの手紙は封筒も便箋もぜんぶ手作りだから、家のポストに入っていると手ざわりですぐにわかる。高校から帰るとまずポストに手を突っ込んで、みかちゃんからの手紙が届いていないかを確かめるのが日課になっていた。

文通の頻度は、だいたい週に1通ずつお互いが手紙を送り合うくらい。ハイペースであるにも関わらず、彼女の手紙は毎回、もともとの紙の色がわからなくなるくらいカラフルなイラストと文字で埋め尽くされていた。書かれていた内容は、ほとんどが好きなバンドやそのときどきにハマっている趣味のこと。手紙の端に設けられた「今週の〇〇(バンド名)」というコーナーでは、音楽番組や雑誌の中で気になった推し(特に推しているメンバー)の言動について、短いコラムのようなものが展開されていた。

私はそのコーナーが特に好きで、「歌ってるときの喉仏、有形文化財に指定しました」「〇〇くん(推しの飼い犬)そろそろ誕生日だよね? 100000歳まで生きて」といったささやかなコメントの数々に毎回笑い、元気づけられていた。

「私、中高一貫の女子校の先生になろうと思ってるんだよね」

みかちゃんがそう言ったのは、大学4年の冬のことだった。そのころには、もう私たちの文通はLINEでのやりとりに変わっていて、みかちゃんははっきりとは言わなかったけれど、あのバンドのファンを卒業してしまっていたようだ。

彼女と会うのは決まってライブやイベントのときだったから、推しという最大の共通項がなくなると会う機会も減ってしまう──かと思いきや、私たちは幸運なことに考え方や価値観が似ていたので、付き合いは自然と続いた。

ある日、大学の授業の合間に会ったみかちゃんはいつにも増して生き生きとしていた。就職先が決まったのだ。自分も女子校出身だからこそ、女子校への赴任が決まって本当にうれしかったと、ずっと憧れていた職に就ける喜びを滔々と話してくれた。

帰り道、彼女のピンク色のネイルに気づいて「かわいいね」と伝えると、「これね、いま推してるアイドルのメンバーカラー(メンバーそれぞれに割り当てられるイメージカラー)なんだよね」と恥ずかしそうに言う。同じバンドを追いかけられなくなったのは少し寂しかったけれど、みかちゃんが熱中して応援できる相手を新しく見つけたことは、素直にとてもうれしかった。

その後しばらくはLINEだけのやりとりが続き、私たちは社会人3年目を迎えた。みかちゃんは先生の仕事が忙しそうだったし、私は私でアルバイトから始めたライター業がようやく形になり始め、お互いに会おうと連絡することをなんとなく遠慮していたようにも思う。

一度、みかちゃんが「どうしよう、書き終わらない......」と学級通信の内容について相談してきたことがあった。なんでも、文通の手紙の端に書いていたあのコラムのコーナーを学級通信でもやっているのだという。流行っているJポップの歌詞をテーマにした文章とイラストをびっしりと書いている、と聞いて思わず笑ってしまった。「あんなに書いてたらそりゃいつまでも書き終わんないよ!」と送ると、「でも結構楽しみにしてくれてる生徒が多くて」と返信がくる。

みかちゃんは久しぶりに会うと、赴任先の学校での写真を見せてくれた。合唱コンクールや文化祭でたくさんの生徒たちに囲まれて笑っている彼女の写真を見ると、こちらまでうれしくなった。彼女が学校で信頼され、人気のある先生だということは、第三者である私にも十分想像がついた。

「ごめん、ちょっと電話してもいいかな?」

そんな連絡があったのは、社会人4年目の夏だった。

電話口でみかちゃんは泣いていて、聞いたことがないくらい落ち込んだ声色をしていた。学級通信ひとつにあれだけの時間と労力をかけていた彼女のことだから、仕事のことで悩んでいるのかもしれないとはなんとなく予想がついたけれど、彼女自身、なぜ自分が悩んでいるのかがわからなくて辛いと言う。

「私ね、教師の仕事めちゃくちゃ好きなんだよ。好きだし、正直、天職かもしれないとも思う」

明るく博識で面倒見のいい彼女には、学校の先生という職業は間違いなく向いていると私も思った。

「生徒たちのことは可愛くて仕方ないし、授業の準備も大変だけど苦ではないんだよね。でも最近、漫画とか映画とかも仕事に関係ないなって思ったらどんどん見られなくなるし、趣味もなくなりかけてきてて、私から仕事を取ったらなにが残るんだろう、なんのために生きてるんだろう......って考えることがあるよ」

「仕事のために生きるって選択もあると思うけど、それはいやなんだよね?」と聞くと、すこし迷ったあとに「いやかなあ。先生にはずっと憧れていたけど、先生でいるために生きてるわけじゃないし」とつぶやく。それから急に笑いだして、「あ、どんな仕事がしたいとか全然わかんないけど、私〇〇ちゃんのことは一生推したいな......」と言った。

唐突に出てきたのは、みかちゃんが4年前、いまハマっていると教えてくれたアイドルの名前だった。大学在学中にそのアイドルのファンになり、ライブやイベントにも何度も足を運んでいたこと、けれどここ数年は仕事で予定が合わず、まったくイベントに行けなくなってしまったことを彼女は話してくれた。

「私はね、社会人である前にオタクなんだよ......」とみかちゃんは言った。笑いながら何度もうなずいて、「わかる、私もそうだよ」と同意する。私は彼女からのこの電話を、好きなバンドがライブをするというので駆けつけた、遠征先の仙台のホテルでとっていた。それを伝えると、みかちゃんは泣きながら「ライブの日にまじでごめん」とちょっと笑ってくれた。

今年の春、みかちゃんは転職して、小さな会社の事務職に就いた。久しぶりに会った彼女は、黒かった髪を染めて華やかになっていた。お茶をしながら近況を聞くと、いまの仕事は毎日定時で上がれるから最高、と言う。決して業務量が少ないわけではないが、与えられた仕事をいかに定時までに終わらせるか"ゲーム感覚"で楽しみながら働いていて、「推しのラジオがある日は絶対に18時に帰る」というルールもあるそうだ。

仕事内容そのものに強いやりがいがあるかと聞かれれば、そうではないとみかちゃんは言う。けれど、そもそも自分にしかできない仕事があるという考え方は健全ではないし、生きがいである好きなアイドルを推し続けるために働くことが、自分なりの働く意味なんだ、と話す。

「教師を辞めたことを1ミリも後悔してないわけじゃないけど、いまの仕事もだんだん楽しくなってきた。アイドルはいつか引退するかもしれないけど、それまで後悔しないように全力で応援したいんだよね」

私はライターという仕事をどちらかと言えばやりがいで選んだから、いい仕事ができなかった日にはどうしても落ち込んでしまう。けれど、生きがいのために働くみかちゃんに「仕事はとにかく終わらせるのが第一だよ。今日できなかった仕事は明日挽回できるけど、(推しのライブの)開演時間は待ってくれないんだから!」と言われると、本当にそのとおりだな、とにかく終わらせることも大切だ、と元気が出てくる。

そして、彼女がこれからどんな仕事に就いても、推しを応援できる環境だけは守れますように、と祈っている。