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わたしの祖母は、
働く魔女でした

私が小学3年生の時に亡くなった、母方の祖母。彼女はユーモア溢れる女性だった。

自らを魔女と称し、孫である私にしょっちゅうイタズラを仕掛けてきたのだ。それはそれは、数えきれないほど騙された。

あるとき、祖母がクッキーを作ってくれたことがあった。嬉しくって、何枚ものクッキーをバクバクたいらげた私。すると食後に祖母は、「さっきのクッキー......毒入りだよ」なんて言い出したりする。とんでもない嘘だ。私は恐怖で青ざめ、わんわん泣いた。

またあるときは、2人で風呂に入っている最中に突然、「私、実はねえ......おばあちゃんに化けたキツネなんだよ......ケッケッケ!」と声色を変えて笑いかけてきた。普段の祖母とは別人のような表情で。私は全裸で叫び、走り回って泣いた。

泣きわめく私とは裏腹に、祖母はいつも大声で笑い転げていた。どうやら、本気で話を信じる孫の顔が面白かったらしい。

なんて悪い魔女だろう。

祖母は、魅力的な魔女でもあった。

お腹が空くと、鮮やかな手さばきでたくさんの美味しい料理を振る舞ってくれる。特に、豆から手作りのあんこを使った"おはぎ"が絶品だった。

他にも、庭の花を摘んで色水の作り方を教えてくれたり、オリジナルソングを聴かせてくれたりもした。本気で喜ぶ孫の顔もまた、面白かったのだろう。

祖母と過ごす時間はどれも、魔法のような驚きに満ちあふれていた。イタズラだけは勘弁してほしかったけれど。

私がイラストレーターとして活動するようになったのは、祖母の影響が大きい。

手先が器用な祖母は、絵がとても上手い。桜の木や、近所でよく見かける野良猫、わけのわからない架空の生き物......リクエストに応え、なんでもスラスラと描いてくれるのだ。その姿を真似て、私は祖母の横に並んでよく絵を描いた。

おかげで、勉強そっちのけで絵ばかり描く子どもに育ち、今に至る。

幼いころの私は祖母のことを、魔法が使える本物の魔女だと心から信じていたように思う。そんな祖母が亡くなって17年。母から最近、こんな話を聞いた。

「おばあちゃんね、あなたが生まれる少し前、パートに出ていたのよ」

「魔女が、パート?」 思わず笑ってしまった。続けて母が、当時のことを教えてくれた。

就職をしたこともアルバイトをしたこともない。祖母は、専業主婦だった。洋裁学校を卒業後すぐに結婚、そして出産。料理や洋服などなんでも手作りの時代に、母として慌ただしく過ごす日々。

子育てが落ち着いてきたころ、次第に外で働くことに目を向けるようになった。なにかしら、忙しく動き回るのが好きだったのかもしれない。

社会経験のなかった祖母は、50歳のときに職業訓練校に通いはじめた。そこでインテリアコーディネーターの資格を1年かけて取得し、ついに念願だった家具店に勤める。

働きはじめ与えられた仕事をこなしながら、祖母はすぐにあることを知った。その家具店では、店頭広告用のイラストや飾り文字を手描きする、"POP(ポップ)ライター"という役割がとても重宝されていたのだ。

小さい頃から絵や図工が大好きだった祖母は、もしや特技を活かせるのではないか?とPOPライターの仕事を率先して引き受けるようになった。すると、それがもう、楽しいこと! 何より他の社員やパートの仲間から、「助かったよ」「腕が良いね」と感謝されることが嬉しくてたまらなかった。

それから祖母は、さらに腕を磨くため、POPライターの教室にまで通い始めた。ここで念のため伝えておきたいのだが、祖母は決して真面目な勉強家とは言えない。孫の怖がる顔を見たがる、少々不真面目で遊び好きな性格が、祖母の本質である。

POPを描きはじめたのも、わざわざ教室にまで通いはじめたのも、孫にイタズラを仕掛けるのも、全ては"こみ上げる好奇心"からなるものなのだ。そして、その好奇心から生まれたもので周囲の人々を驚かせることが、祖母にとって最高の喜びだった。

家具店に勤めはじめてからおよそ2年で、職場に祖母専用の"POP室"なんてスペースが作られた。そこへ週に4日通い、何枚も何枚もPOPを描き続けた。その間、明るく社交的な祖母は多くの友人に恵まれた。

祖母よりずっと年下の店長や社員がPOP室を訪ねて、仕事の愚痴をこぼしていくこともあったようだ。いつの間にかPOPを描きながら相談を聞く、カウンセラーのような役割も担っていたのである。

「毎日、楽しくてたまらない」と笑いながら働き続け、7年後に退社。その後は地元で福祉にまつわるNPO法人の立ち上げに関わったり、趣味でダンスを習いはじめたり、祖母は最期まで忙しく過ごしていた。

働いたことのない、一人の専業主婦。ずっと家庭の中にいた祖母にとって、社会に一歩踏み出すことは勇気のいる行動だったに違いない。数年かけて立派なPOP職人となった祖母のことを、私は誇らしく思う。

踏み出した先で、大きな好奇心と喜びを強く感じ、働くことをまっすぐに愛した時間。私が知らない、魔女の過去だ。

母から昔話を聞いた私は、幼いころ一緒に絵を描いてくれた祖母の言葉を思い出した。

「自分だけで絵を描いていてもつまらないの。あなたが求めてくれるから、楽しく描けるのよ」

誰かに求められ、それを自らの魔法で叶え、喜ばせることができる。祖母は、やっぱり魔女だ。

魔女の血を引いた私も祖母と同じように、人に温かさを与えられる絵を、魔法のように描き続けていきたい。イタズラも魔法も、かける相手がいてこそ、はじめて成り立つ。働くことで喜びが生まれたのならそれは、全て魔法と言えるだろう。