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のらりくらり生きていた
親友が、
東京から移住してまで
選んだ仕事

「俺、東京離れようと思うんだよね」

あいつからそんなふうに聞かされたときの感情に、あれから2年経った今でも、僕は名前を付けられていない。

新しい門出をもちろん祝いたいわけだけど、一番の親友が東京からいなくなってしまう喪失感や、自分でもどうかと思うけど「じゃあ僕はこれから誰と遊べばいいの?」っていう自暴自棄のような、とにかくいろんなものが複雑に混ざった汚い色のミックスジュースみたいな感情で、僕は「そっか、そっか」と繰り返した。

出会いは、2010年。早いもので9年の付き合いになる。

僕は名古屋の大学を卒業した後、地元の広告会社に就職して、2年目で東京営業所への転勤を言い渡された。もうすぐで24歳、という頃だ。急な辞令だったから、仕事の引き継ぎやら引越しやらで、地元の家族や友人との別れを惜しむ暇もなかった。

「東京は、みんなが夢を抱いて集まる街だから、きっと輝かしい未来が待ってる」って、そんな希望だけを頼りに無我夢中で上京したっけ。

学生時代からの友人が2、3人、東京に住んでいたから、街を案内してもらったり、飲みに連れて行ってもらったりした。この街でも新しい友達をつくりたくて、友人が飲みの席に連れて来てくれたのが、当時28歳のあいつだった。

どこへ行くにも見たことのない景色。路線図に書かれているのは知らない駅名ばかり。慣れない都会での一人暮らしは、想像よりもずっと不安で心細かった。おまけに東京の広告会社は激務で、僕はひどいホームシックに半年ほど悩まされていた。そんなときからだった。あいつが自然とそばにいてくれるようになったのは。

兄貴と同い年だからか、年上だけど僕は勝手に親近感を持っていて、仲良くなるまでに時間はかからなかった。お互いに年の差を感じない、同じクラスの友達みたいによく連るんでいた。東京で生まれ育ったあいつには、都会で奮闘している僕が放っておけなかったのかもしれないし、『地方から上京した若者』っていう青春じみたものに憧れを抱いてくれていたのかもしれない。

当時のあいつは、「のらりくらり」って言葉を辞書で引いたら用例に載っていそうに暮らしていた。

四年制大学は一応出ているけれど、「高校卒業まで日にちがぎりぎりで、受験できるところがそこしかなかったから」って理由で入った大学だったみたいだ。就職活動でも、各業界の説明会に片っ端から参加したのに、特にやりたい仕事が見つからないまま、とりあえず大手の居酒屋チェーンに就職したらしい。折りしも業績は右肩上がりで、店舗のオープンラッシュと重なり、経験の少ないうちから店長に就任。一心不乱で働いているうちに体調を崩して、3年で退職したと言っていた。それでも、居酒屋の仕事を通じて、接客の楽しさを知ったみたいだ。

その後はフリーターになって、カフェや居酒屋の勤務を渡り歩いたり、派遣や契約社員として事務やコールセンターで働いたりしていた。僕らが出会ったのはこの頃だった。

やがて、僕は作家になろうと会社を退職することにした。親も、友達も、周りは誰もが反対したけれど、唯一、咎めないし諭しもしない、僕の好きなようにさせてくれたのが、あいつだった。

それから更に僕はあいつに懐くようになった。好きなアーティストのライブにも、旅行にも、カラオケで朝まででも、どんな誘いにも必ずイエスで答えてくれた。なんでも話を聞いてくれるし、どこにでも付いて来てくれるあいつは、親友で、兄のようでもあって、とても心地好かったのだけど、僕は心配でもあった。

「君は本当に、今のままで大丈夫なの?」って。

アルバイトや派遣でいろんな仕事を経験しても、どれもやりたくてやってるわけじゃなさそうに見えた。「最近面白いことあった?」と聞けば、いつも「無いよ!」って、あっけらかんと笑うだけ。休日といえば、スマートフォンのアプリゲームばかり。僕はゲームをやらないから、そんなに面白いのかなって、なおさら心配が募った。

東京で生まれ育った人って、誰でもこんなもんなんだろうか。僕が地元で思い描いていた東京は、もっとみんなが大きな夢を抱いていて、みんながやりたいことに夢中になってるような街だった。あいつにもそんなふうに、何か夢中になれるものが見つかればいいのだけど。

そんな気がかりを本人には伝えられないまま、いつもと変わらず二人で飲んでいた、2年前のあの夜。「関西の会社の社員採用を受けようと思ってる」と打ち明けてくれた。仕事はカスタマーサポート職で、あいつが楽しいと言っていた接客業。会社は、あいつがよくプレイしていたアプリゲームのメーカーだった。

「もし受かったら、たぶん俺、もう東京には戻らないと思う」

冗談みたいに微笑みながら、けれど真剣なトーンであいつは言った。

ずっと願っていた親友のステップアップだけど、まさか東京を離れるなんて言い出すとは思ってもみなかった。いつも僕の話に頷いてばかりだったあいつが、自らそんな大きなアクションを起こすのは初めてで、それだけ長い時間を費やして下した決断だったんだろう。

今のままで大丈夫なんだろうかって、生意気に心配していたけれど、あいつはあいつなりに、僕の知らないところでちゃんとこれからのことを考えていたみたいだ。愛用している製品のメーカーに勤められたら、きっとやりがいがあるだろうし、アプリゲームのカスタマーサポートは、何よりあいつにぴったりな仕事に思えた。

安心したし、嬉しかったし、応援しよう、ちゃんと応援しなきゃって、僕は名前の付かない感情をぐっと堪えていた。

去年、僕は仕事で地元にしばらく滞在しなきゃいけなかったついでに、関西まで足を伸ばした。

久しぶりに会ったあいつは、少し顔がふっくらしたように思えた。観光に付き合ってもらったり、食事に連れて行ってくれたり。新居にも泊めてくれたのだけど、帰宅するなり「ごめん、ちょっとゲームしていい?」って、いたずらっ子みたいに笑っていて、相変わらずで少しほっとした。

僕は、新しい生活が楽しいかとは、あえて尋ねなかった。わざわざ言葉にしなくても、あいつの新しい暮らしぶりと表情を見ていれば、すぐにわかったから。いつもゲームばかりやって、ってお母さんみたいに心配していたけれど、たかがゲームされどゲーム、やりがいのある仕事のヒントは、案外あいつのすぐそばにあったみたいだ。

正直言うと、あいつが近くにいない東京での日々に、僕はまだしっかり慣れていない。辛いことがあったとき、また呼び出せばすぐ会いに来てくれるような気がしてしまう。そして、あいつが「もう東京には戻らない」って言ったくらいに、大きな覚悟を持って僕はこの街に住んでいるのかって、自問自答する。

夢ってのは、東京で探すものなんじゃなくて、どの街で見けられるのか、自分から探しに行かなきゃいけないものなのかもしれない。もうすぐ、上京して10年。僕は、これまでの仕事で何を残せたのか、これからもこの街で何を残せるんだろうかと、西の方の空に思いを馳せる。