主婦やシニアの方の活躍創出部門

エントリーNO.01

復興を越えた創造へ!
山元町の未来をつくる、希望のイチゴ

<ふるさと名品>

ミガキイチゴ・ムスー
MIGAKI-ICHIGO(ミガキイチゴ)

<問い合わせ先>

農業生産法人 株式会社GRA(ジーアールエー) / GRA Inc.

〒989-2201
宮城県亘理郡山元町山寺字桜堤47
TEL 0223-37-9634
http://www.gra-inc.jp/index.html

<会社概要>農業生産法人 株式会社GRA / GRA Inc.
〒989-2201 宮城県亘理郡山元町山寺字桜堤47
<事業概要>農産物の生産販売および輸出、農業技術の研究開発、産地ブランド開発、加工品商品開発、営農支援パッケージの開発・生産・保守・サービス、営農研修、海外生産展開

農業生産法人 株式会社GRA 代表

岩佐大輝(いわさ ひろき)さん(40)

宮城県山元町出身。東京の大学在学中にIT関連企業を起業。2011年3月、東日本大震災が発生。甚大な被害を受けた故郷・山元町のために、経営者としてできることをしようと、同年中に農業生産法人GRAを創業。山元町の基幹産業であったイチゴ栽培の発展に努めている。

宮城県・山元町発信
笑顔を運ぶイチゴのお酒

国産イチゴ100%でつくられたスパークリングワイン『ミガキイチゴ・ムスー』を抜栓すると、甘く優雅なイチゴの香りが広がり、何ともいえない幸福感に包まれた。艶のある淡いサーモンピンクの液体をグラスにそそぐと、途切れることなく立ちのぼる繊細なバブル。原料がイチゴなら甘口かと思いきや、上品な酸と爽やかなうまみのある中辛口で、食前・食中酒にぴったり。女性はもとより男性にも好まれる、高級シャンパーニュにひけをとらないおいしさだ。

『ミガキイチゴ・ムスー』に使われているのは、その名のとおり『MIGAKI-ICHIGO(ミガキイチゴ)』というブランドイチゴ。生産しているのは、宮城県山元町の農業生産法人 株式会社GRA(ジーアールエー)。宮城県最南端に位置し、山と海に囲まれた温暖な気候の山元町はイチゴ栽培に適しており、かねてからの基幹産業の1つである。

山元町で生まれ育ったGRA代表の岩佐大輝(いわさ ひろき)さん(40)は言う。
「実は、90歳を過ぎた僕のじいちゃんも、この町のイチゴ農家だったんです。子どものころは、じいちゃんに連れられてイチゴハウス(イチゴを栽培するハウス)に行くのが楽しみで。じいちゃんと一緒にワクワクしながら見ていたイチゴの畑は、原風景として僕の中に残っています」

思い出深い故郷の景色が一瞬にして消えたのは、2011年3月だ。東日本大震災で起きた津波は山元町のイチゴハウスの95%をのみ込んだ。

当時、東京でIT関連企業を経営していた岩佐さんは震災直後に山元町に駆け付け、瓦礫処理などのボランティア活動を行っていた。そして同年7月に、イチゴ栽培を復活させるべく山元町でGRAを創業。2013年には「食べる宝石」といわれる1粒1000円の高級ブランドイチゴ『MIGAKI-ICHIGO』をつくり出し、グッドデザイン賞を受賞した。 ミガキイチゴの加工品も続々登場しており、なかでも先述の『ミガキイチゴ・ムスー』はパーティーの手土産などに重宝され、一躍人気となった大ヒット商品だ。

現在、『MIGAKI-ICHIGO』は通販のほか国内外のデパートや郵便局の通販で、『ミガキイチゴ・ムスー』は全国展開する大手高級ワインショップなどで取り扱われている。わずか6年での快進撃に目を見張るばかりだが、岩佐さんは決して満足していない。その理由は、GRAを立ち上げたときの志にあった。

  • 岩佐大輝(いわさ ひろき)さん。2011年7月、故郷の宮城県山元町でイチゴ栽培・販売を主事業とする株式会社GRAを創業

  • GRAが生産するブランドイチゴ『MIGAKI-ICHIGO(ミガキイチゴ)』。大粒の果実は糖度が高く、ギフトにも人気

  • 『ミガキイチゴ・ムスー』はミガキイチゴ100%原料のスパークリングワイン。華やかなおいしさと手ごろな価格で大ヒット商品に

「あぁ、また働けるんだ」
震災で失ったイチゴハウスが復活し
再び農業に向き合える喜び

「60歳で定年退職し、妻と2人でイチゴ栽培に専念しようと、数百万円かけて新しいイチゴハウスをつくったんです。だけどそれが津波でやられてね」
そう語るのは、GRAのパート雇用でイチゴ栽培に携わる鈴木章治さん(63)。震災前、鈴木さんは団体職員として勤務するかたわら、イチゴ栽培も営む兼業農家だった。

震災で人生の予定は大きく狂い、定年退職はせず60歳以降も勤務先団体の嘱託職員として働き続けることにした。しかしまたしても予定は狂い、団体は主要取引先の民間化の影響で大口契約を失った。そのあおりを受けて無職となった鈴木さんは、当初、先のことを考えられなかったという。
「ハローワークにも行きましたが若い人があふれかえっていて、私のような60歳過ぎの人間の働き口はないだろうと思いました」

そんなときGRAの求人を知り、「またイチゴをつくりたい」気持ちになって応募。
「採用の知らせをいただいたときは、うれしかったですねえ。『あぁ、勤められるんだ』って」

GRAは創業当初から、自力で再起するのが困難だった元イチゴ農家のシニアを積極的に雇用した。彼らの受け皿になる目的もあったが、自然と相対する農業において、何十年もイチゴ栽培を経験してきた人々の知見は何物にも代えがたかった。

シニアのみならず、働く意欲を持つ主婦のパート雇用も多い。主婦業と両立できるよう勤務条件は非常に柔軟。例えば、GRAの創業当初から勤めている目黒令子さん(49)は、週3~4日勤務で土日は休み。創業の翌年から務めている清野幸(せいの ゆき)さん(44)は、月曜から金曜まで毎日勤務。「子どもの急な発熱時などは、快くお休みをくださるのでありがたいですね」と語る。

岩佐さんに、GRAを立ち上げた理由を聞いてみた。
「人口減少傾向にあり、震災でさらに減少しているこの町に人が増える状況をつくるには、強い雇用が不可欠。会社を経営してきた僕が故郷のためにできるのは、雇用を生む強い産業をつくることだと考えました。その産業はこの町にルーツのある、オリジナルのものでなければ強くなれない。そういう意味で、山元町ならではのおいしいイチゴが最適だと思ったんです」

岩佐さんにとってのゴールは、イチゴ栽培を復興させる“原状回復”ではない。GRAを通して山元町の多世代の人材が職を得て、自力で経済をまわすこと。そして、イチゴ栽培を他地域からも人が集まる強い産業に成長させて、以前よりも町を栄えさせる“創造”だ。

「GRAに賛同して移住してきてくれる人もいますが、それでも山元町の人口は現在も減少傾向。道のりは長いです」

  • 鈴木章治さんは津波でイチゴハウスを失い、GRAで再びイチゴ栽培に取り組むことに。「実が色づいてくるのがうれしいんです」

  • 左から、パート雇用で働く主婦の目黒令子さん、清野幸さん。「こんな風に融通を利かせてくれる職場はなかなかありません」

  • 元イチゴ農家の地元のシニアや、働く意欲を持つ主婦を積極的に雇用。彼らは、イチゴの苗づくり、収穫、選果などの重要な戦力だ

最先端技術で働きやすさを改善
「就職したい」「住みたい」町へ

「50歳を過ぎれば腰が曲がる」
少々極端な表現だが、土耕が主流だったイチゴ栽培はそう評される職業だった。デリケートなイチゴは手摘みが必須。しゃがんで摘み取る作業を長年続けると、若くして腰を悪くする人が後を絶たず、「若い人がやりたがらない」仕事になっていた。そうした課題を解消するためにGRAでは高さ1メートルほどの棚にイチゴを植える高設養液栽培(水耕栽培)を採用。疲れにくく、働きやすい環境を整えている。

同時に、これまで岩佐さんが携わってきたIT分野の知識と技術を駆使し、温度をはじめとするイチゴハウスの環境管理をオートメーション化。扉の開け閉めで温度を調整するためだけに、早朝3時にイチゴハウスを訪れるといった負担がなくなった。

岩佐さんがオートメーション化にこだわるにはわけがある。
「以前の山元町のイチゴ農家の仕事を時給換算すると、決して高くはありません。同じやり方で事業拡大しても労働対価の低い仕事を増やすだけになってしまう。だからオートメーション化で徹底的な効率化を図り、本当に人間が介在すべきところに人間が集中できる環境を整え、働き手の十分な収入を確保したかったんです」
その環境をつくってこそ、山元町の真の発展が実現すると岩佐さんは言う。

最新設備を整えたイチゴハウスの建設など、GRAの事業への投資額は実に多額だ。失敗すれば全てを失う可能性があるとわかっていても、岩佐さんは自らのリスクもかえりみず踏み出した。理屈ではなく、自分ができることをしたいという純粋な使命感である。

「昨日は、社員の結婚式だったんですよ」
ふいに、岩佐さんが言った。
「新郎は鳥取県出身ですがGRAに入社し、東京で知り合った新婦と一緒に山元町へ移住してきてくれたんです」
地元のシニアと地元の主婦が農作業を支えるイチゴ栽培事業に魅かれ、就職先としてGRAを選び、他地域から移住してくる若者は確かにいる。夫婦で、と聞けば、彼らに新たな家族が誕生するのも楽しみになる。

山元町は、一度は信じられないほど多くのものを奪われた。しかし、豊かに実るイチゴに目を輝かせる、かつての岩佐少年のような子どもで賑わう日はきっと来る。

  • 早摘みで出荷されるイチゴが多い中、GRAでは完熟してから収穫することを徹底。人の目で、完熟度合いをしっかりと見極める

  • 高さ1メートルほどある高設養液栽培で、収穫作業がぐっとラクに。環境管理には最新技術を駆使するなど、労働負担を大きく軽減

  • 現在、山元町内の3カ所にあるGRAの大型イチゴハウスは、合計12棟。農家への転身を希望する若者の支援事業も実施している

企画・取材・執筆・撮影・デザイン・コーディング/アトリエあふろ

エントリー企業・団体一覧